みんなが幸せになる優しさを伝えるケア技術。ユマニチュード®︎ 。
ユマニチュードとは「人間らしくある」という意味を持つフランス語の造語。ケアする人にもケアを受け取る人にも優しい介護のメソッドをご紹介します。
あなたを大事に思っていることを上手に伝える
介護の現場では、目の前にいる方に対して「私はあなたのことをとても大事に思っています」という気持ちで仕事をしていると思います。でも、問題はそれが「相手にちゃんと伝わっているかどうか」ということです。中にはケアされる人に思いがうまく伝わらないことで途方に暮れて仕事を辞めてしまう人や、自分の気持ちは伝わらないけど、やるしかないから、強制的にケアをするという人もいます。そうなると、ケアを受けている人も、ケアをしている人も非常に辛い思いをすることになります。
いまから40年以上前に、フランスの体育学の専門家ジネスト先生が、介護現場でコミュニケーションがうまくいっているときと、そうでないときの違いに着目しました。観察を続けるなかで、たくさんの失敗を繰り返しながらわかったのは、うまくいくときにはコミュニケーションの柱がしっかりしていました。そこで、ユマニチュードの「4つの柱」が誕生しました。
4つの柱が支えるユマニチュードの技術
ユマニチュードでは相手に対する行動のすべてにおいて「あなたはとても大切な存在です」と伝えるための4つの柱があります。
「見る」技術。
できるだけ近づき、正面から水平に長く相手の瞳をとらえます。近づくことで親密な関係を、正面から見ることで正直であることを、水平な視線で平等であることを伝えます。
例えば、恋人や赤ちゃんなど、人間には自分にとって大事な人を、すぐ近くでずっと見つめていたい、という本能的欲求があります。介護の現場でも、相手にできるだけ近づいて、意図的にそれを行います。
「話す」技術。
「見る」と同様に、私たちは大切な人に、怒鳴ったり、命令したり、相手を傷つけるようなことは言わないですよね。ですから、話し掛けるときは、低めのトーンでゆっくりと抑揚をつけて、前向きな言葉で相手にメッセージを伝えます。返事がなくても話し掛けてみてください。
「触れる」技術。
体を拭いたり、着替えをするとき、ケアする側は相手の腕をつかみがちですが、この触れ方は「相手に自由を奪われている」、「何か罰を受けている」という好ましくないメッセージを与えます。相手に触れる大原則はつかまないこと。触れるときには下から支えて、触れている面積をできるだけ広くすることで、その部分に掛かる力を和らげます。できるだけゆっくりと手を動かしてください。
人間らしさを保つ「立つ」技術。
人間は1日合計20分間立っていることができれば、寝たきりにならず、最期の日まで、立つ能力を維持することができます。危ないからと寝かせた状態で介護を続けてしまうと、その人が持っている立つ能力を奪ってしまうことになるのです。その人が持っている能力を奪わないこともとても重要なことです。赤ちゃんを目の前にすると「かわいいね」と微笑み掛けて、両腕でしっかりと抱きかかえますよね。これは人が生涯、誰かとよい関係を結びたいと思うときに無意識にやっている行動です。つまり、ユマニチュードは、自分の愛する人に対して、無意識に行っている行動を〝意識的”に行う技術なのです。
ユマニチュードを実施 ケアの5つのステップ
実際に、介護の現場でユマニチュードを使うにはどうしたらいいのか。ここでは訪問時からケア終了まで、具体的なユマニチュードの実践方法をお教えします。
ステップ01 出会いの準備
3 回ドアをノックして、自分が来たことを伝え、相手のプライベートな空間に入る許可を得ます。認知機能が低下している場合は、音を聞いて反応するまでに時間が掛かるので、3 回ノックしたあとは3秒待ちましょう。
ステップ02 ケアの準備
このステップの目的は、相手との良好な関係を築くことにあります。本来の用件であるケアの話はせずに「あなたに会いに来ました。お会いできて嬉しいです」という気持ちを伝えましょう。
ステップ03 知覚の連結
本来の目的、ケアを行います。相手を正面から近く、長く見つめながらゆったりとした言葉で話し掛けます。「あなたのことを大切に思っています」というメッセージを伝えながら、ケアをするよう心掛けてください。
ステップ04 感情の固定
ケアを終えたら「今日はとても良い時間を過ごせた」と伝え、相手の記憶にいい思い出を残します。認知症が進行し知識に関する記憶がない人も、感情に関する記憶は最後まで残っています。
ステップ05 再会の約束
最後に「また会いましょう」、「次は4時ごろ来ますね」と再会の約束をしましょう。ともに過ごした時間が心地よいものであれば、次の来訪を楽しみにしてもらえます。これは次回のケアの始まりでもあります。
介護現場トラブルは、ユマニチュードが解決します!
●ケアを受け取る人が攻撃的
認知症の方は攻撃ではなく、自分を防御しているのです。だから、無理やりケアをするのはNG。あなたの敵ではないということをじっくり伝えてください。
●ケアを受け取る人が何度も同じことを聞いてくる
例えば「いま何時?」と聞かれたら「3 時です」ではなく「3 時だから、おやつにしましょう」と質問と関連した本人が楽しくなる提案をします。
●コロナでコミュニケーションが取りづらい
表情がわかりづらくなるマスク越しの会話は、かなり離れた距離から、一度マスクを外してニッコリ笑い掛けてから、マスクを直して近づいてみてください。
●話し掛けても返事がない
あなたの存在に気が付いていない可能性があります。認知症の方は目が合っていないと、人がいることを認識できないので、視線を合わせてから話掛けてください。
これから介護を目指す皆さんへ
人の生活を支えるというのは本当に素晴らしいお仕事です。ユマニチュードを身に付けと、仕事をするなかで困ったことが起きたときに「こういうときはこうすればいいんだ」と解決法を自分の中に持って、仕事に臨むことができます。最初に「これさえ身に付けておけば大丈夫」という基本を学べば、一生を通じて役立ちます。
日本ユマニチュード学会WEBサイト:https://jhuma.org/
【取材協力】
日本ユマニチュード学会代表理事
本田美和子先生
1993年筑波大学医学専門学群卒。亀田総合病院、米国コーネル大学老年医学科などを経て、2011年より日本でのユマニチュード®︎ の導入、実践、教育、研究に携わり、その普及・浸透活動を牽引する。独立行政法人国立病院機構東京医療 センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。